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 春風が髪を揺らし、頬でその暖かさを感じならがら目を瞑る。思い出されるのは「幸せ」と呼べた、あの頃のありふれた日常。あの頃のエレンはやることがあろうが、なかろうが構わず昼寝してた。それで、心地よく寝ているエレンを邪魔するのは、決まってミカサだった。エレンの母親が死んでからというのも、昔以上に口うるさくなった。
 オレはお前の子でもなければ、弟になった覚えはない。
 最近では正直、鬱陶しく思う。だが、もっと鬱陶しい奴は、ジャンだ。
 アイツは何かとオレにケチをつけてる。オレが嫌いなのはわかるけどよ、なにもあそこまでケチ付けることはないだろう。
 ジャンのことを考えてるだけで腸が煮えくり返りそうになるエレン。けど今は、この風がそれを壁の外へと追いやってくれる。
「・・・・・・レン、エレンっ!」
「っ!」
 今日は春風が心地いいせいか、いつ夢の中に入りそうになる。だが、コイツの隣では出来そうにない。
「・・・・・・んだよ、ミカサ」
 エレンは瞼をゆっくりと開け、静かに上体をお越し、座り直した。
「たく、なんなんだよ。人が居眠りしようと思ったら起こすし、疲れててもオレが大丈夫だって言ってんのに、寝ろとか・・・・・・」
「今は、寝る時間じゃない。だたそれだけのこと。それとも、ハンジさんの実験の疲れとか残ってるの?もしそうなら・・・・・・」
「いや、残ってねーよ」
 すっかり眠気も風と共に連れ去られてしまった。余計に不機嫌になったエレンは、黙りを決め込んだ。エレンや、エレンの体を心配してくれるのはありがたいが、睡眠妨害だけはされたくない。さっき言ったように、疲れてるわけじゃないが、ただ横になって眠りたいて時もある。なにより今日みたいな心地いい風が通り抜ける日は、いつも以上にそうしたくなる。
 風に揺られ草花の奏でるメロディーが、エレンの耳に届き始めたら、再びエレンに眠気が降りてきた。
「あっ。エレーン!」
 またしてもエレンを呼ぶ声がした。だが、この声はミカサじゃない。この声は昔からエレンと同じ夢を抱いているアルミンだ。
 アルミンは左手に長方形の箱を持ち、手を振りながらこっちに走ってきた。その後ろから悪人面のジャン、コニー、サシャ、クリスタと続いてきた。
 今日は非番とあってみんな私服だ。そういえば、アルミンやミカサの私服を見るのは随分久しぶりだ。
 しかしエレンたちは兵士。常に制服着てるのが当たり前。
 そもそも今日は体を休める為の休日だと言うのに、何故此処に来ることになったのかと言えば、昨夜のサシャの発言が始まりだった。

***

「明日、みんなでピックニックに行きませんか?」
「あ?何言ってんだ、サシャ。さっき兵長の言ったこと聞いてなかったのかよ。明日は"体を休める為"の休日なんだぞっ!」
「ちゃんと聞いてましたよ!だから聞いてるんです!明日は空を見てる限り晴れそうですし!みんなで行きましょうよ。ピクニック!」

 リヴァイが夕食の後、おもむろに口を開いた。エレンたちリヴァイ班は明日一日、休日だと告げられた。勿論、体を休めることが目的の休日。それをサシャはみんなでピクニックに行こうと言い出した。サシャの頭ん中はいつでもお花畑だ。
 明日のピッニック開催について悪人面とお花畑が争う。
 悪人面は明日は久しぶりの休みだから休みたいと言う。しかしお花畑は休みだからこそ、出かけるべきだと言う。両者の言い分はわかるが、今回は悪人面の方が有利だろう。昔のエレンなら、間違いなく今のサシャと同じことを言っていたかもしれない。だがそれは、平和だったあの頃の話だ。今はあの頃みたいじゃないんだぜ、サシャ。
 体が鉛にのように重くなっているエレンは、くだらない喧嘩に付きやってやる義理はないと、その場から立ち去らろうと出口へと歩み始めた。他の奴らは花畑と悪人面の喧嘩を宥めようと必死で、エレンのことには気がついていない様子。抜け出すには絶好のチャンスだ。
 エレンは泥棒のように足音を立てずその部屋を出て、自室に戻ることに成功。成功した安堵なのか、疲れが溜まりすぎていたのか。背後から一気に襲ってきた疲労感に頭撃たれ、ベッドへと倒れむ。エレンはそのまま眠りについた。
 翌朝。まだ少し重い体をお越し、朝日を浴びた。
 顔を洗う前に腹が減ってたエレンは、食事をする部屋に顔を出す。そこにはキッチンに女が三人立っていた。
「お前ら、そこで何してんだよ」
「エレン、おはよ。見ての通りお弁当作ってる」
 ミカサは何くわぬ顔で答える。
「はぁ?!何でお弁当なんか作ってんだよ、ミカサ!」
「それは・・・・・・」
 答えに詰まったミカサ。そこにクリスタが割って入ってきた。
「えっとー、実は昨日の夜アルミンが『折角の休みと機会、行ってみてもいいんじゃないかな』って言ってね」
「アルミンが?!」
 以外な人物からの提案に驚くエレン。
「そうなんですよ!」
 目を輝かせてるサシャも割って入ってきた。
「それで結局、行くことになってね。それでみんな昼食のお弁当を私たち3人で作ってるの」
 まさかアルミンがサシャの意見に賛同するとは思わなかった。てっきり俺はあの喧嘩の仲裁に入ると思ってた。というか実際仲裁に入って、サシャの意見を通したのか。でも何でアルミンがそんなこと言うんだ。折角の休みだって言うのによ。
 エレンがアルミンの考えを考えてると、次々と列をつくるように同期生が起きてきた。その中にアルミンもいて、目があった。
「エレン、おはよ」
「おぅ」
「あのさ、エレン。実は・・・・・・」
「行くんだろ?ピクニック」
「あっ、うん。そうなんだ」
 拍子抜けしたように返事をするアルミン。エレン自分の疑問を聞くことにした。
「何で、『行こう』なんて言ったんだ?アルミン」
「えっ・・・・・・どうしてエレンが知ってるの?あの時いなかったよね?」
「さっきクリスタから聞いたんだよ」
「あぁ、そういうことね」
「で、なんでなんだよ」
「それは・・・・・・」
 言葉を詰まらせるアルミン。しかし意を決したように話始めた。
「確かに今日は貴重な休日だ。だけど、休日とは言えみんなトレーニングとかやるだろ」
「そらー、体余っちまうからな」
「それじゃ、ほとんどいつも通りだ。兵長は昨日確かに『体を休める為』って言ったよね?」
「あぁ」
「だから僕は、サシャの意見に賛成したんだ」
 それからエレンはアルミンの考えに耳を傾け、話を聞いた。
 アルミンは休みである今日みんなで出かければ、トレーニングなどの時間が限られてくる。出かけてる時間が長ければ、長いほどその時間は削られる。そして、帰宅する時間を夕食時にすることで、自炊しているエレンたちは、更にトレーニングする時間が削れる。それに兵長が言った『体を休める為』といのは、エレンたちを今日一日だけでも血なまぐささから遠ざける為でもあるんじゃないかとアルミン言う。
 確かにここ最近はいろんなことが一気に起こりすぎた。その事を一時だけでも忘れて、羽を伸ばすことが目的だということか。
 それを聞いたエレンは、なんとなく納得した。

***

 アルミンがエレンとミカサの方に駆け寄ってきた。手に持っていた長方形のバケットを二人の前に置く。
「ごめん!エレン、ミカサ。僕が忘れ物しちゃって・・・・・・。2人ともお腹空いたでしょ?みんなもう来るし、食べよう」
「あぁ」
 アルミンがバケットから今朝ミカサ、クリスタ、サシャが作った昼食である、パンに野菜と肉を薄くスライスされたものが挟まってるものを出してきた。それを受け取るエレン。パンであるには違いないようだが、見たことがないものに疑問符がわき、何故かアルミンに聞いた。
「なぁ、アルミン。これ何だ?」
「えっ。僕に聞かれて分からないよ。僕が作ったわけじゃないから。ミカサなら知ってるんじゃないの?一緒に作ったんでしょ?」
「うん。サシャによれば、パンに挟んで食べると美味しいらしい。だから、ピクニックにはこれがいいて」
「「・・・・・・」」
「これは、サシャ本人に聞いた方が良さそうだね」
 あとから来たサシャ本人に聞いてみたが、ミカサと同じことしか言わず、結局これがなんなのか分からなかった。分かったのは必要以上にこれを勧めてくることだ。一口食べればこれの虜になるとかどうとか。とりあえずお腹が空いていたエレンは、意を決してそれを一口食べてみた。
「どうですか?エレン」
「・・・・・・。うまい・・・・・・」
「そうですよね!ほら、アルミンもミカサも食べて見てくださいよ!」
「あっ。うん」
「エレンが美味しいというなら・・・・・・」
 エレンの反応を見て、二人もサシャに進められ、一口食べた。エレンは腹の虫を鳴り止ませる為に、二人の反応など気にせず食べ続けた。
 そこにジャンとコニーも来て、「お前、何先に食ってんだよ!?」とジャンがエレンに怒鳴り散らし、まだ残ってるかバケットの中を覗き込んだ。
「オレはサシャみたいに食い意地張ってないぞ、ジャン」
「あ?お前のその食い方は、どう見ても食い意地張ってるようにしか見ないぞ」
「違うって言ってるだろ!」
「だったら、せめてもっと行儀よく食ったらどうなんだよ!」
「お前に言われたくねーな!この悪人面っ!」
「あぁ?!俺のどこが悪人面なんだよ!?悪人面はお前だろっ!」
 気がつけばエレンはジャンに胸ぐらを掴まれ睨み合いの喧嘩にまで発展していた。その喧嘩を水指すように、アルミンとミカサが仲介に入ってきた。
「二人とも、ここまで来て喧嘩はやめようよ」
「アルミンの言うとおり。ここまで来て喧嘩する必要はない」
「確かに、エレンは悪人面してるよ。だけど、ジャンの方が極悪人の顔してるよ」
「なっ!?」
「アルミン・・・・・・。それ、オレのフォローになってないぞ」
 アルミンは昔から頭が良い。だがアルミンに魔が差せば、いつものアルミンからは伺えない程、強烈な言葉を相手に浴びせる。つくづく、ミカサとアルミンは敵にまわしたくないと思う。
 ジャンは、アルミンに言われたことがショックだったのか、エレンの胸ぐらから手を離し、何が起こったのかわかない時のように、その場に立ち尽くしていた。抜け殻のようになっているジャンをそっちのけで、間にサシャが乱入してきた。
「で!お味はどうですか?ミカサ、アルミン!」
「えっ。あっ、うん。美味しいよ」
「こんな食べ方があったなんて・・・・・・」
「そうなんですよ!私もこれを知ったときは、あまりの美味しさにショックを受けましたよ!」
 サシャはその時の感動を思い出したように頷く。
 その後もサシャは初めてこれを食べた時の感動を語り続けた。どんな時も食い意地が張ってるのはいつもと変わりないな。
 サシャがダラダラと喋ってると、クリスタやコニーも到着する。
 先にそのパンを食べていたエレンたちを見て、コニーたちもサシャに勧められながら一口、口にする。するとエレンたちと同じ反応を見せた。コニーに至っては余程美味しいかったのか、あっという間にたいらげた。その様子を見ていたサシャが、我慢の限界がきたのか、巨人が進撃しゆっくり食べてる暇なんてない時みたいに、口の中いっぱいに詰め込んだ。他のメンバーはもう腹いっぱい食って、お前の分まで取ったりしないのにな。とエレンは思った。
 一方、相変わらず抜け殻になっているジャンは、一向に戻ってくる気配がない。そんなにショック受けることもないだろう。ほぼ事実なのだから。
 アルミンが抜け殻ジャンの体を揺さぶり、戻ってくるように促す。その甲斐あってか、抜け殻に生気が戻った。
 時刻はちょうどお昼時。ジャンのお腹もお昼を知らせる鐘を鳴らした。
 ジャンは例のパンを食べようと、バケットの中を除くが何も入ってなかった。お腹が空いているジャンは余計に怒り狂い、エレンに八つ当たりしてきた。勿論、エレンはジャンの分まで食っちゃいない。すると自然に全員の視線がサシャに向いた。
「えっ!わ、私ですか!?」
 全員、サシャの顔を見て、はっきりと首を縦に振った。
「ひどいですよ!いくら私でも、ジャンの分まで食べたりしませんよっ!」
「いや、お前。さっき勢いよくバケットの中にあったパン食ってたじゃねーか。そんとき間違えて食ったんじゃねーのかよ?」
 コニーが呆れ気味に言う。
「そ、そう言われれば、そうかもしれません・・・・・・」
「どっちなんだよ!?はっきりしろよ、サシャ!」
「そんなこと言われても、よく覚えてないですよ・・・・・・」
「覚えてないだぁ?」
 サシャの言葉が頭にきたのか、ジャンはまさに悪人面そのものの顔でサシャに迫る。サシャは巨人に出くわしたように怯えてる。そこに神様の如く救いの声を発した者がいた。
「ジャン。さっきのパンと中に挟んでるのが違うけど、それでも良かったらまだあるけど・・・・・・」
 女神いや、クリスタが少し怯えながらも、ジャンにもう一つのバケットを差し出した。ジャンは女神の言葉を聞いて、さっきまでの怒り狂う姿が幻だったように、大人しくパンを食べ始めた。その様子を見てたエレンたちは、妙な緊張感から開放された。
 既に食べ終えたサシャとコニーは、犬のように野原を駆けまわってる。
 エレンは腹がいっぱいになったことと、さっきから吹いてる春風の影響で、再度眠りの神様が降りてきた。

***

 ミカサは、クリスタがみなから少し離れた場所で何かをしているのが目に止まった。近づいてみると、草花で何かを作っていた。そこでなんとなくクリスタに声をかけ、何を作ってるのか聞いた。
「花の冠だよ」
 クリスタは顔を上げ答えた。
 クリスタは昔、よくその花の冠を作っていたという。だけどクリスタは「久しぶりに作ったから、なかなか上手く出来ないの」と言う。しかし私は「そんなことない」と、一度も作ったことのない私が感想を言ってみた。すると、
「ありがとう。あっそうだ。ミカサも作ってみない?」
 と思ってもみなかったことを言われた。だけど、ミカサは正直に「作ったことなんてないから」と断ろうとしたところ「作り方なら、私が教えてあげるよ」と先に言われてしまった。その時、ミカサは昔お母さんから刺繍を教わった時のことを思い出した。あの時以来、誰かに「よくできたね」なんて褒められただろうか。それにもうそんな風に褒められる歳でもない。
「ミサカって、薄いピンク色が似合うよね」
 突然、クリスタがそんなことを言った。
 今までにそんなこと言われたことがなかったミカサは、体全体でその衝撃を受け止めた。エレンにもアルミンにも言われたことのない「似合ってる」という言葉。ミカサは唐突にその言葉を本人の口から聞きたくなった。するとミカサはクリスタに「どうやって作るの?」と聞いていた。
 クリスタは快くミカサに作り方を教えた。
 こんな時間、本当に何年ぶりだろうか。作っても、私が望んでる言葉を、彼が言ってくるとも限らないのに。何故か心躍りながら作っていた。

 初めて作るのにどれくらい時間がかかっただろう。我ながら上手く完成した。クリスタも「上手にできたね」と言ってくれた。これなら彼も「似合ってる」とは言わなくても、何か言ってくれるような気がしたミカサ。少し恥ずかしながらも彼の元へ完成品を冠り、駆け寄った。しかし、彼は野原の木の木陰で寝息を立てていた。花は水がなければ、すぐに萎れる。なので今、彼に見てもらわないと意味がない。
 ミカサは寝息を立てるエレンを起こそうと、さらに近づくが、やめた。何故なら、彼のこんな気持ちよさそうに眠っている顔など、いつぶりだろうか。もし今、起こしてしまったら、いつまたこんなエレンの寝顔を見れるかなんて分からない。
 ミカサは彼に見てほしいという思いより、彼の寝顔を見ていたいという思いが勝ったことに気づいた。
 ミカサは早速、彼の横に座り、その安らかな寝顔を眺め続けた。

 空が茜色に染まり始めた頃、遠くの方から人のシルエットが見えはじめた。あの小さなシルエットの主はあのチビだ。
 そのチビは私たちの帰りが遅いので、態々迎えに来たのだと言う。
 その人は寝ているエレンに近寄り、「おい。起きろ、クソガキ。もう帰る時間だ。さっそ起きろっ!」と安眠している彼を無理に起こそうとする。
 ミカサはリヴァイの顔を睨みつけるが、リヴァイは気にもとめない様子。
 すると突然、エレンの顔が歪みはじめ、「うっ。ちょっ!?まっ待ってくださいよ。そ、それは・・・・・・。さすがにヤバイんじゃっ・・・・・・」と寝言を吐きながらうなされだした。ミカサは急にエレンのことが心配になり、彼を揺さぶて悪夢から抜け出させた。
 エレンは瞼を開けるなり、リヴァイの顔を見て、飛び起きた。
 エレンはさっきうなされていたとば思えない程、普通にリヴァイと会話をする。それだけじゃない、普通に帰り支度を始めた。
 ミカサは「エレン、大丈夫なの!?」と聞くと、頭でも可笑しいのかと言わんばかりの顔で「はぁ?何言ってんだ。大丈夫も決まってるだろ。ただ兵長と話してただけなんだからよ」と素っ気なく返された。
 エレンはミカサが言いたかった真の意味を理解して無かった。そのことを悟ったミカサは、もう一度わかりやすく質問しようとしたが、エレンはアルミンと喋りながら、みんなより先に歩き出していた。ミカサはエレンの背中を追いかけるように走り、彼らと並んで帰り路についた。

 今日は本当に晴れて良かった。ミカサは心の底からそう思った。
 でなきゃ、あんなエレンの顔を見ることは出来なかった。それも昨日サシャが今日のことを提案してくれたおかげでもある。
 結局、花の冠は太陽に照らされ、すぐに萎れてしまった。結局、エレンに見てもらえなかった。それでも、また今日みたいな日がきてほしいと祈りながら、今日もミカサはエレンの隣を歩く。

春風に誘われて春を味わう