***

 蝉の合唱が毎日開催される日々の中、幸福の便りは突然としてやってきた。
「夏祭りに行くか・・・・・・」
 リヴァイ班のメンバーで食事後お茶をしている最中、唐突にリヴァイの口から吐き出された。その言葉に過激な反応を見せたのは班内で一番年下のエレンだった。嬉しさが興奮に変わり、声を出してはしゃいでいるエレンの姿を見て、いつもなら「うるせぇぞ」と言って沈ませたりするリヴァイが今日は無視していた。
「それで、その夏祭りはいつあるんですか?」
 エルドがその質問をリヴァイに切り出す。燥いでいたエレンの動きがピタリと止んで、食い入るようにリヴァイの顔を見つめる。他のメンバーの視線も自然とリヴァイの方に向いた。
「2週間後の夜だ」
 夏祭りと聞けば一般的には夜をイメージするが、なかには昼間開催される祭りもあるので、聞かれてもいない時間帯まで答えた。
 昼間はみんなそれぞれ任務があるのでどちらかと言えば、夜開催の方が生活スタイルにあっている。それに都合もつけやすい。
「浴衣!浴衣来ていきましょうよ!」
 突然大声でそう言ったのはエレンだった。
 ナイスよ、エレン。
 いつリヴァイに言おうか迷っていた時、ペトラが言いたかったことをエレンが代弁する。ペトラは心の中でひとり歓喜の声をあげた。
「オレ、兵長の浴衣姿、見てみたいです!」
 私も私も、と心の中でペトラも手を挙げた。しかしオルオが「何、新米が兵長にリクエストなんかしてんだよ」とエレンの意見に反対の意を表明した。そんなオルオにペトラはほぼ無意識のうちに睨みつけていた。ペトラの視線に気がついたオルオは怯んだ様子を見せ、目をそらした。
「お前らはどうなんだ・・・・・・」
「我々ですか。来ていこうとは思いますが・・・・・・」
 そういうエルドはグンタと顔を見合わせる。エレンは胸を張って「オレもオレも!」と改めて主張する。オルオは「兵長が着ていくなら俺も来てやってもかまわないぜ」と似てもないリヴァイのマネで答えた。
「ペトラもか・・・・・・」
 突然話を振られて返事に困るペトラ。
「男だけが浴衣着て行ったって華がないから、ここはペトラにも着てもらわないとな。そうじゃねーと俺ら寂しい男集団になっちまうからよ」
 とグンタに言われた。
 最初から着て行こうと思っていたが、そう言われてしまうとなんだか照れる。それに意中の相手からもそう言われるともっと照れてしまう。
「おい、その寂しい男集団の中に俺を混ぜるなよ」
「なんだよ、エルド。もしかしてお前彼女連れてくる気か〜?」
「いいですか?兵長。恋人かと連れてきても」
「任務時間外はあくまでプライベートの時間だろう・・・・・・」
「そうですよね〜」
「うわっ、お前そのイヤミな顔、こっち向けんな!」
 リヴァイから許しも貰え、したり顔になるエルド。その顔をグンタの方にわざと向けるも、グンタに跳ね返される。
 グンタには恋人も恋人になる可能性の女性もいない。だからこそ余計にムカついたのだろう。最終的には席を立って部屋から退散した。その後を続くようにエルド、オルオも部屋をあとにした。
 部屋に残ったエレンはリヴァイが座っている席の斜め後ろに立ち、リヴァイはどんな浴衣を着て行くのかとか、お金はどれくらい使っていいのかとか、息つきする間もないくらいにリヴァイを質問攻めにした。しかしリヴァイは大人。子どもには大人の対応を見せた。
「詳しいことは追って知らせてやるから、さっさと部屋に戻れ」
 エレンは萎(しお)れた花のように意気消沈し、トボトボと歩きながら部屋を出て行った。
 部屋に残ったペトラにリヴァイが「浴衣、着ていくのか?」と尋ねてきた。
 ペトラは不意を突かれながらも「着て行こうと思ってます・・・・・・」と答えた。
 リヴァイはそれ以上何も言わずに、部屋を出て行った。
 自室に戻ったペトラは箪笥(たんす)を開け、箪笥の肥やしになりかけていた浴衣を引っ張り出してきた。
 白地にピンクの桜柄の浴衣は、大人の女性が着れる柄にしてどこか少女らしさを残した浴衣だ。その浴衣は母親が年頃の娘の為に作ってくれたのもなのだが、任務に追われる毎日。ペトラは着ることはないだろうと、箪笥の奥底に眠らせていたのだが、ついに役に立つ時がきた。
 ペトラはずっと箪笥にしまってあったので浴衣にヘンな臭いがついてないか、虫に食われてないかのチェックを入念にする。合格の印を押された浴衣はシワを伸ばす為、ハンガーにかけられ壁に取り付けられたフックにかけられた。

***

 二週間後。待ちに待ちわびた夏祭り当日の夜。
 当初はリヴァイ班のみ行く予定だった夏祭りの話が、どこからともなく漏れ、調査兵団全体に広まったのは一瞬のことだった。勿論この話は団長であるエルヴィンの耳にも、分隊長でもあるハンジの耳にも入った。だが、そこで事を収めてくれるような大人ではない。さらには浮かれ気味だったエレンの様子に幼馴染が気づき、問い詰めた結果、エレンが今日のことを白状してしまったことにより、「エレンだけズルい!」という声が104期生から上がり、104期生も同行することとなった。

 ペトラが浴衣の着付けを終え、集合場所に顔を出すとリヴァイ班の男たちが「やっと来たか」と随分待たことを愚痴られた。
 日頃は戦闘服という動きやすい服を着てる分、偶におしゃれをすると動きにくさが目立つのはワーカホリックになってしまったからだろうか。
 下駄を履いているので待たせていることを分かっていても走れない。走るとせっかくの浴衣姿があの人に見てもらう前に台無しになってしまう。それを避ける為、精一杯の早足で待ち人の輪に近づいた。
「お待たせ」
「やっと華の登場か」
 グンタが言う。
「女性の浴衣姿ってのもいいもんだよな」
「なんかそんの言い方、いやらしい」
「えっ、褒めたつもりなんだがな」
「褒めてくれるならもうちょっと違う言い方があるじゃないの」
 エルドに向かって反論するもペトラは内心少し嬉しかった。
 いつも異性に混ざって仕事しているせいか、自分が女性扱いされてない気がしていた。でも戦闘で女性扱いされるのは嫌だと言ったら、きっとみんな矛盾してると、笑うに決まってる。いや、違う。これはわがままだ。エレンくらいの歳の子が子ども扱いされたくないけど、場合によっては子ども扱いされたがるのと同じ。都合が良すぎる。
 ペトラは自分のわがままな思いを胸の内にしまった。
 そういえば兵長は何処にいるんだろう。エルドたちと一緒に待たせてしまったと思っていたけど、姿が見えない。
 ペトラは歩きながら辺りをキョロキョロと見渡し、必死にその人の姿を捜索する。すると藍色の無地の浴衣が似合っている黒髪の男性の姿が目に飛び込んできた。
 ヤバイ・・・・・・!兵長の浴衣姿、かっこよすぎ。いつもはスカーフや服の襟で隠れてる綺麗な首元――。腕を胸の前で組んだ時に浴衣の袖が少し捲(めく)れて見える、腕。こんな機会滅多にないから目にも心にも焼き付けておかないと絶対後悔する、私。
 そう思いながら遠くから見つめていると、リヴァイと目が合ってしまった。咄嗟(とっさ)に反射で目を逸らしてしまったペトラの元にリヴァイが近づいてきた。
「どうかしたのか?」
「い、いえ、何でもないです・・・・・・」
 近くで見るとよりカッコイイ。というか余計に意識してしまう。
 視線を逸らしたままペトラは答える。
「?、ペトラ。顔が赤いぞ。大丈夫か?」
「えっ」
 ポーカーフェイスで心情を悟られないようにしていたつもりだったが、顔色まではコントロールが効かなかったらしい。ここでヘンなことを口走ってしまうと余計に心配させてしまう。そう思ったペトラは季節のせいだと誤魔化した。しかし、
「今夜は涼しい方だと思うぞ」
 と、なんとも的確なツッコミをされてしまった。
「そっそうですか?」と図星丸見えな返事をペトラはしてしまった。
 誤魔化しの策が尽きてしまい、どう収集をつけようかあたふたしてた時、
「兵長ー、そろそろ行きますか?」
 そう言いながらエルドがペトラたちの元に近づいて来た。
 た、助かったぁ。
 ペトラの心中はその気持ちでいっぱいになった。
 ナイスなタイミングで声をかけてくれたエルドに感謝しつつ、ペトラはリヴァイの後を追うように歩き始めた。

 祭り会場までは徒歩で10分くらいの距離だった。
 到着すると既に祭りは始まっていて、屋台店員の声や子どもの声で賑わっていた。
 会場に到着するなり、兵士という名の子どもたちはすぐに一般人の人混みに紛れた。そして大人たちも心だけ童子に戻ってしまったようで、屋台など懐かしむ目をして、散り散りに行動し始めた。
 ペトラは一人歩き出したリヴァイに「一緒にいてもいいですか?」と問いかける。聞いてみてからペトラは断られるかもしれないと思ったが、あっさりと許しがもらえた。
 二人並んで歩こうかと思ったペトラだったか、好きな人とはいえその前提に「上司」がくる。その上司と並んで歩くというのは少し気が進まない。それにそこまでわがままな女でもない。
 結局、リヴァイの隣の位置から一歩後ろを歩くペトラ。本音を言えば並んで手を繋いで歩きたい。でもそのわがままをぐっと胸の奥に押しやった。
「食うか・・・・・・」
 完全に自分の世界に入り込んでいたペトラ。目の前に差し出された白くフワフワしたものに驚いた。
 よく見るとそれは綿飴だった。そしていつの間にか綿飴の屋台の前に来ていた。
「あ、はい。いただきます・・・・・・」
 ペトラがお礼を言って受け取ろうとした時、軽くリヴァイの手に触れた。本当に軽くだったのでリヴァイはペトラの手が当たったことに気づいていなかったのか、ペトラが受け取るのをただ待っていた。
 今度はリヴァイの手が当たらないように受け取ったペトラは、リヴァイが一つしか買っていないことに気がついた。
「あれ、兵長はいらないんですか?」と思わず聞いていた。
 するとリヴァイは顔色ひとつ変えず「欲しくなったら、お前のをもらう」と言った。
 それはつまり。もしかすると兵長と半分こすることになるかもしれないってこと!?
 その事実を一度頭に叩き込まれてしまったペトラの脳はとても「買ってもらったから食べよう」などという気持ちにはならなかった。むしろその場面を想像したら、頭の天辺から蒸気が発生しそうだった。
 その後、相変わらずペトラはリヴァイの一歩後ろを歩く。買ってもらた綿飴は、時折手でちぎって食べながら祭り会場を物色していた。
 辺りをキョロキョロと見渡していた時、何気なく前を向くと、ペトラは目を瞬かせた。
「あれ、兵長?」
 前にいたはずのリヴァイの姿がなかった。不思議に思い辺りを見渡しリヴァイの姿を探すも見ない。
 もしかして私、迷子になっちゃった?!
 事の事実を認識すると急に不安の津波がペトラの心に押し寄せる。いてもたってもいられず来た道を小走りに戻りだした時だった。勝手に膝が折れ、前へ倒れ込んだ。何かに躓いた気配がなく、不思議に思い自分の足元を見ると鼻緒が切れていた。
 初めて履く下駄。鼻緒が切れた時の対処方法など知る由もない。ただでさえリヴァイが急にいなくなった状況に加え、鼻緒が切れるなど縁起でもないことが二回立て続けに起き、余計に不安な気持ちが募りはじめたその時、
「どうした?」
 今にも涙が溢れてきそうな顔で上を見上げると、そこにはリヴァイがいた。心配しているのか表情を若干曇らせてペトラを見下ろしていた。
「兵長・・・・・・、その。鼻緒が、切れてしまって・・・・・・」
「怪我したのか?」
「いえ、怪我はしてないです」
 そういいながらもペトラは目線を落とし、地面にぶつけたのであろう痛む膝に何気なく手を当てた。
「乗れ」
 拍子抜けしたような声を出したペトラが顔を再び顔を上げるとリヴァイが背を向けて腰を下ろしていた。
「いやか?」
「いえ、ただ・・・・・・」
 私、重いですよ。
 消えそうな声でペトラが言う。勿論その声はリヴァイの耳には届いていない。ただリヴァイペトラが自分の背に乗るのを待っているだけだった。
 ペトラは静かに立ち上がり、リヴァイの背に乗ろうとしたが躊躇する。しかし上司であるリヴァイにいつまでも膝を折らせているわけにもいかないので、そっと彼の背中に自分の体重を預けた。
「・・・・・・重くないですか・・・・・・?」
「・・・・・・言うほど重くもねぇよ」
 ゆっくりと立ち上がり、リヴァイは歩き出した。すると大人が大人におんぶされている光景が珍しく、周りの視線がペトラに集まる。次第にペトラの心の底から恥ずかしさが湧き上がる。
「あの、やっぱり降ろしてください」
 ペトラは周囲の視線からの恥ずかしさのあまり、そうリヴァイに申し出た。
 それに対してリヴァイはこう答えた。
「・・・・・・ペトラが降りて、膝の痛みに堪えながらも歩きたいと言うなら降ろしてやる」
 ―――兵長のイジワル。
 心から漏れたペトラの本音だった。
 ペトラは観念したように、完全にリヴァイの背中に身を預けた。周りの目などリヴァイの背中の温かさと心地良さで気にならなくなった。
 そのまま調査兵団本部に帰ってきて誰にも見つからないようにリヴァイがペトラを自室へと運んだ。つもりだったが、翌朝になって偶然にも目撃者となったハンジに二人は散々冷やかされ、その話がリヴァイ班から広がりそうになったところをリヴァイ自身が根絶やしにしたため、それ以上拡散しなかった。

頼りない腕で君を包む