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 ある日の朝。俺は窓に打ち付ける雨音で目が覚めた。朝だというのに重く濁った灰色の空で外は暗い。もう少し眠っていたいが、もうそろそろ起床する時間だ。俺は鉛のように重い体を起こした。すると俺の頬に雫が伝い、それを手で素っ気なく拭った。普通起きて泣いていたら不思議に思うが、俺にはその雫が滴った理由はすぐに分かった。
 最近の俺は小さい頃よく見ていた”こわいゆめ”をまた見るようになった。幼かった頃は全体的にぼやけていてはっきりとは見えなかったが、十五歳になった俺が見たゆめはその時よりもはっきりとしていた。

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 何故が俺は真っ白で何もない世界にひとり佇んでいた。俺たちを閉じ込めているあの壁も、家も空も人も何もない世界。何処まで行っても、真っ白なまま。それでも俺は足を止めず歩き続けた。すると俺の足が何かにぶつかり、前へと倒れ込んだ。倒れ込んだ俺は上体を起し、振り返ると女の人が横たわっていた。俺はその女性に見覚えがあった。だが肝心の顔は髪で隠れていて見えず、その人の服装にも見覚えがある。俺は女性の髪をかき上げ、顔を覗き込ませた。
「なっ!?」
 俺はその女性の顔を見て破裂するかのように心臓が飛び跳ねた。そこに横たわっていたのは俺の母さんだった。俺は母さんの体を揺すりながら「母さん!おい母さんっ!」と声を掛けるが反応どころか、目を覚ます気配さえない。
 俺は頭の中が急に混乱し始めたが、母さんを起こすことに集中した。
 だが、どれだけ揺すろうとも叩こうとも母さんは目を開けてはくれなかった。それでも変わらず母さんの体を揺すっていると何か暖かい、液体のようなものに手が触れたのが分かった。俺は一度固唾を飲み、ゆっくりと母さんの体から手を離し静かに手をひっくり返すと、掌にベッタリと赤い水がついていた。さっきまで確かに母さんの体には血などついていなかったのにと、確認しようと見ると母さんの服は赤い水で染まっていた。余計に俺はわけが分からなくなり、無意識のうちに後ずさりをしていた。
 するとまた俺は何かにぶつかり、恐る恐る振り返ると―――。
「っ!!アルミン!何でお前がっ!?」
 俺は周りにも誰かがいることにようやく気付き見渡すとミカサやジャンや104期のメンバーが、みな服を真っ赤に染まりながら横たわっていた。それだけじゃない。リヴァイ兵長やエルヴィン団長、ハンジさんたちもそこにいる。俺は這うように近づき、みんなを起こした。
「おいっ!お前らこんなとこで何なっやてんだよ!?おい!起きろよ!なんかの冗談だろ?!アルミン!ミカサ!」
 俺がどんなに声を投げかけようとも応えてくれる奴はひとりもいない。ますますわけが分からず、どうしらたいいのかさえ分からなくなってしまった。俺は肩を落とし俯いた時だった。自分の前に自分よりはるかに大きい影が現れた。それを見た瞬間、俺の体は凍りついたみたいに動かなくなった。ただただ背後から恐怖が近づいてくるだけでその場から動くことが出来ない。そうしてているうちに影はどんどん大きくなり、やがて俺の真後ろくらいまで来た時、俺の恐怖は最大となりいつもここで朝が来てしまう。

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 俺は頭の中の霧を晴らす為、氷のように冷えた水で顔を何度も洗い、近くに置いたタオルで顔を拭き、窓の外の鉛色の空を見た。
 母さんが死んでからまだ5年しか経っていない。俺は確かに”あの日”一匹残らず駆逐すると俺自身に、母さんの為に誓った。けど今の俺は何やってんだって話だ。訓練兵になって、訓練兵卒業の日にまたあいつが現れ、自分も巨人になって戦闘し、仲間を信じて逃げて、守られて。俺は5年前と何も変わってない。俺は今も誰かに守られている。あの日守られるだけの存在でいたくないと思ったのは自分だというのに情けない。きっと母さんも同じことを言うだろうな。
「一度くらいミカサを守ってあげたらどうなの!?」
 突然頭の中に母さんの声が響いた。その言葉を聞いて俺の頭の中の霧が晴れたどころか真っ白になった。
 俺はいつもミカサに守られている。5年前からずっとだ。俺がミカサを助けたことがあったか。いつもあいつは俺の近くにいた。どこに行くのも一緒だった。必ずミカサがいて守られていた。
 ハンネスさんだってそう。あの時ハンネスさんが俺たちを助けに来てくれてなかったらあの時食われてた。ハンネスがいてくれたから今の俺がある。なのに俺はまた何も出来なかった。今の俺には戦う力があるのに5年前と同じ母さんが食べられるのを、助けられす見てたのと同じように、俺はハンネスさんも助けられなかった。
 俺はいつにならば、守られるだけの存在から守る存在に変われる。俺は巨人を駆逐すると誓ったのに、今の俺は巨人が人類を駆逐する様を見てるだけだ。いつまでもこんな存在でいたらいずれあのゆめのようになってしまう。
 何故俺と関わった英雄はみんな土の下にいるんだ。俺が戦わなかったから?俺の力が足りなかったから?俺が守られているだけの存在だからか?誰か答えを教えてくれよ。
「あっ。エレン、おはよ。昨日はちゃんと眠れたかい?」
「あっ、ハンジさん。おはようございます。えぇ、ぐっすり眠れました」
「そうかい。それは良かった。あっそうそう今日の実験は外がこの有様だらか中止ね」
「っ!」
「ん?エレン、どうかしたの?」
「あっいえ、何でもないです。そうですか今日の実験は中止ですね。分かりました」
「あぁ。だから今日はちゃんと体休めておいてね」
「はい」
 そうか。今やっている実験は俺の人類の為の実験なんだ。俺の巨人の力を解明するだけでなく、俺が強くなるための実験でもあるんだ。俺は今守られる存在から守る存在へと変わろうとしている。いつか俺も大切なものを守る存在になり、みんなを人類をこの壁の外へ連れて行くからそこで見ていて。母さんにハンネスさん。そしてリヴァイ班のみなさんに亡くなっていた仲間たちよ。必ず人類に勝利をもたらすから。

英雄はいつの時代も墓の下