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「遅い・・・・・・」黄瀬は部活動後、夏祭り会場である神社の鳥居の下で、愛しの黒子と待ち合わせしていた。しかし約束の時間を過ぎても黒子の姿が見えない。彼の携帯電話に電話をかけるも呼び出し音が聞こえるだけで、最終的には留守番電話サービスに繋がってしまった。
その後1時間と待つが一向に姿が見えてこない黒子に黄瀬は、もしかして俺、約束すっぽかされた?!と疑いの気持ちが浮上してくるも、いや黒子っちはそんなことする人じゃないと思うが、最近の黒子の自分に対する態度を思い出すと、やっぱりすっぽかされたかな〜と思う自分にショックを受けた。
不意に、遠くのほうに懐かしの友の頭が見えた。どれだけ人混みに紛れようともその緑の髪だけは隠せないあの頭。黄瀬はその頭を追って走り出し、姿を捉えられたところで
「緑間っち〜!」
声をかけると怪訝そうな顔を向けられた。どうやら間が悪かったようだ。けれどこっちはそんなこと気にしていられる場合ではないのだ。
「黒子っち、見なかったっスか?」
そう彼らに尋ねるも緑間の口から期待していた言葉は得られなかった。
緑間っちらと別れて俺は肩を落としながら、約束の場所へと戻った。
どうしても諦められない。お互い部活動で忙しくてなかなかデートというデートも出来ず、毎日してるメールや電話が、今のところの楽しみである。そんな毎日を送っていた今日。お互い部活動が早く終わるそうだということが分かって、黒子を夏祭りに誘ったのだ。
通う学校が違えば、一緒に帰るということも出来ない。ましてや東京と神奈川では、すれ違うことさえない。そんな彼らにとっては、学校帰りに恋人と何処かに立ち寄るなど夢のような話に聞こえる。しかし学校終わりにどこかで待ち合わせをして、制服で遊びに行くことくらいは出来る。
夏祭りだが浴衣ではないという、あまり気分の上がらないシュチュエーションでのデートだが、どうしても黒子っちとこの夏祭りを楽しみたいのと、黒子っちが無事だということを確認できるなら、俺はここで何時間でも待つ。
しかし、待ちぼうけのくらう黄瀬の目には、周りにいる男女のカップルやさっきの緑間っちたちが羨ましく映る。
オレも本来ならあんな風に黒子っちとまわってたのに〜と口に出さず愚痴るが、それだと約束の時間過ぎても来ない黒子が悪いみたいになるので、その愚痴は頭から追い出した。
気を紛らわしたい一心で、キャプテンにメールをする。速攻で返ってきたメールには『メールしてくじゃねーよ!』とここでも怒られた。
この分だと誰も自分の相手をしてくれる人がいないような気がして、黄瀬はスマートフォンゲームで時間を潰し始めた。
スマートフォンゲームをし始めて、どれくらい時間が経過した分からが、そこそこ意識をゲームに集中していた時。頭上から「お待たせしました」と黄瀬が聞きたかった声が、耳に飛び込んできた。
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本来、この日の部活動は、いつもより一時間早く終わる予定だった。それは前々から監督が部員全員に宣言し、約束していたことだった。なので黒子もメールで黄瀬から夏祭りに誘われた時、すぐに良い返事を返したのだった。そして本来この時間の黒子は夏祭り会場となっている神社で黄瀬と落ち合い、夏祭りデートを満喫しているはずだった。しかしその黒子の予定を破壊したのは、いつものことながら火神だった。火神は部活動終了間際に監督であるリコに向かって、言わなくてもいい余計なことを口走ってしまい、リコの逆鱗に触れてしまった。まだそれだけならよかったほうだ。火神がリコの脳天に油を注ぎ、火を点けてしまったことで、その火花が部員全員に飛び散った。その結果、約束は果たされることなく、部活動は延長戦にはいってしまった。
既に黒子の体力は限界に達していたが、リコは問答無用で部活動を続けさせた。
そして延長戦に持ち込ませた張本人は、黒子の体力限界も黒子や先輩たちのこのあとの予定など、どうでもいいように、自身の怒りの感情をそのまま延長戦を戦う体力につぎ込んでいた。
その後三時間程の延長戦を、なんとか生き抜いた黒子。その頭の中には、黄瀬との約束など何処かにすっ飛ばされていた。
夏とは言え、外では街頭の灯がポツポツと灯り始めていた。
なんとなく今の時間が気になり、自分の携帯電話の待ち受け画面を見た黒子は、待ち受け画面に着信と受信メールありと表示されてることに気がついた。着信は10件以上、メールは一通のみ。
10件以上の着信は全て黄瀬からで、メールも黄瀬からで『今、どこにいるんっスか?』と一言。
その一言のメールを見た黒子は、ようやく黄瀬との約束を思い出した。まだ部活動用のジャージから制服に着替えていなかった黒子は、体力の限界がきていることなど思わせないほど、素早く着替え、誰よりも早く「お疲れ様でした」と挨拶を部室に置いて、急いで黄瀬のいる約束の場所へと足を走らせた。
駆け出した黒子の胸の中は不安でいっぱいだった。この時、約束の時間から既に二時間が経過していた。
部活動が長引いたとは言え、黄瀬くんとの約束を忘れてしまっていた僕を黄瀬くんはどんな思いで待っているのだろうか。
たった一言のメールから感じられるのは、黒子に対する黄瀬の心配。でもそれは二時間前の黄瀬の気持ちであって、二時間後の今も同じ気持ちでいてくれるかどうかなんて、分からない。もしかしたら、もう家に帰ってしまったかもしれない。それでも向かわずにはいられないのは、これが黄瀬との久しぶりのデートだからなのだろうか。
スポーツマンとしては失格な息を切らせながら神社に到着した黒子。目の前にある階段を既に使い果してしまった体力をフル稼働させ一気に登る。すると鳥居の下で待ちぼうけをくらっている色男の姿を、黒子はしっかりと自分の目に焼き付けた。
夜のわりには暑い中、黄瀬くんは2時間も僕を待っていてくれた。
その喜びを噛み締めるかのように、黒子は黄瀬に声をかけた。
***
「よかったっスよ〜。オレ、黒子っちに何かあったんじゃないかって心配してたんっスよ・・・・・・」「すみませんでした」
黒子が黄瀬に一通り説明をして、軽く頭を下げ、お詫びの言葉を口にした。
黄瀬は黒子が現れたことで変な緊張感が吹っ飛び、涙がこぼれそうになるのをグッとこらえ、「そんじゃ、行きますか」と、黒子に笑顔を見せ、ふたり横に並んで歩き出した。
会場内は既に盛り上がっており、人でごった返している。人混みをかき分け進行する最中、黄瀬は黒子がついてきているか、ふと気になり立ち止まって後ろを振り返る。するとそこには、黄瀬が予想していた通り、黒子の姿がなかった。
「黒子っち!?あれ?!・・・・・・黒子っちー、どこっスか〜?!」
「・・・・・・ここにいますよ」
「うゎぁっ!!・・・・・・黒子っち〜、どこにいたんっスか〜?」
「?さっきからずっと黄瀬くんの近くにいましたよ」
「・・・・・・」
オレは彼氏として失格だろうか。彼女がいや、彼氏が近くにいるというのに、それに気付かず、探しに行こうとしていたとは。できるだけ黒子っちの気配を見失わないよう気をつてはいるが、少し気が逸れただけ見失っていしまう。オレはまだまだ修行が足りないということか。とりあえず―――、
「手ぇ、つながないっスか?」
「イヤです」
「えっ即答!?・・・・・・いや、マジではぐれたりしたら困るし・・・・・・」
「なら、はぐれないように僕が黄瀬くんの服掴んで歩きます」
「いやぁ・・・・・・」
そいうことじゃないくて!いや・・・・・・確かに、はぐれたりなんかしたら影の薄い黒子っちを探すのは一苦労だし、出来れば避けたい。それに今日は学校帰りで久々のデート。しかも夏祭り!だからこそオレは黒子っちと純粋に手を手を繋いでウハウハしたい。
―――わけなのだが、黒子が黄瀬の服を掴む形で、横に並び歩き始めってしまった。
黒子が黄瀬の服を掴んで横にいるということは、黒子の黄瀬側にある手が黄瀬を服を掴んでいるので、黄瀬からしてみれば黒子と手を繋げるチャンスが訪れないことを意味する。しかし黄瀬の目には、自分の服を掴み歩く黒子の姿が、可愛いく映っている。この状況を崩したくも崩したくない感情の狭間で揺れ動く黄瀬。どちらを取るか決意したのか、黄瀬が突然立ち止まった。
「・・・・・・んで」
「・・・・・・黄瀬くん?」
「何で、オレと手、繋ぎたくないんっスか?黒子っち」
「・・・・・・」
どちらを取るかの前に、気になっていたことを、黄瀬は切り出した。しかし黒子は沈黙を続けた。
「オレ、やっぱり黒子っちに嫌われるようなことしたんっスね・・・・・・」
脳裏に蘇ったのは、最近の黄瀬に対する黒子の冷たい態度の数々。思い出せば出すほど辛くなって、自然と目から雫が滴れ落ちた。
その様子を見ていた黒子が驚く。
「・・・・・・すみません・・・・・・」
と何故か黒子は、お詫びの言葉を口にした。
「・・・・・・何で、黒子っちが謝るんっスか?悪いのはオレの方なのに・・・・・・」
「いえ、僕も少し・・・・・・意地を張りすぎました・・・・・・」
黒子が言う言葉の意味がよく理解出来ず、黄瀬は首を横に傾(かし)げた。
「黄瀬くんが手を繋ごうと言ってくれた時は、正直嬉しかったです」
「?だったら、何でイヤだなんて、言ったんっスか?」
「それは・・・・・・その、部活帰りだし、ここには走って来ましたから。手、汗まみれで・・・・・・」
「えっ、もしかして・・・・・・それでイヤだって、言ったんっスか・・・・・・?」
「はい・・・・・・」
黒子は絞り出すようなか細い声で頷いた。
黄瀬は拍子抜けして、返事に困った。
「イヤですよね?こんな汗まみれの手なんて・・・・・・」
「そ、そんなことないっスよ!」
黄瀬は勢いに任せて、黒子の手を握った。
オレはこんなにも黒子っちに愛されていた。だから自分の手汗のこと気にして、あんな意地張ったんだ。それに対してオレは、黒子っちに嫌われたかもなんてこと考えて。バカみたいだ。
そう思った刹那、再び黄瀬の目元に涙が溢れ出てきた。
「黄瀬くん・・・・・・?」
「・・・・・・。だいじょうぶっスよ。こんなの・・・・・・」
黄瀬は自分の手で軽くあしらうように涙を拭き、「今日は絶対離さないっスからね!」と黒子の手と自分の手を堅く恋人繋ぎをして、デートを再開させ、人混みに紛れていった。