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若葉咲き、暖かい陽が気持ちいいこの季節。海に入るにはまだ少し早いが、砂浜を歩くだけならちょうどいい。黄瀬は今この場所で愛しい人と、サファイアのように光り輝く大海原を、二人じめしている。海から吹く風は彼の髪を靡かせ、いつも以上に彼を魅力的に映し出す。
黄瀬はポケットからスマートフォンを取り出し、カメラを起動させた。彼の魅力的な横顔を永久保存しようとシャッターボタンをタッチしよとする。だが、本人に気づかれてしまった。
「もう、黒子っち〜。今いいとこだったのに〜!」
「盗撮する気だったんですか?」
「盗撮って・・・・・・。俺をストーカーみたいに言わないでほしいっス!」
折角のシャッターチャンスを逃した黄瀬は頬を膨らませ、口を尖らせる。あの一枚が撮影出来れば、記念すべき『黒子っちのフォトブック 第一号』が完成していたのに。黄瀬は黒子を横目で見た。もちろん黒子は、黄瀬がそれんなものを作っていることも、黄瀬のスマホのメモリーの半分くらいの画像が彼であることを知らない。それもそのはず。ここに入ってある写真は全部、黒子に気づかれないように撮影したものばかり。中には黒子っちの愛しき寝顔の写真もある。これらすべてが黄瀬の宝物。どんなことがあろうと、これだけは絶対に手放さない。
「黄瀬くん、何みてるんですか?僕にも見せてください」
「ん?何でもないっスよ〜」
黒子っちメモリーを見ていた黄瀬は、本人に見られてはきっと何かされてだろう思い、咄嗟(とっさ)にスマートフォンをポケットにしまう。だが、逆に怪しく思われたようで、黒子はミスディレクションを使い、黄瀬のお尻のポケットからスマートフォンを抜き取った。
「ちょっ!?黒子っち!こんなとこでミスディレ使うなんて、ズルい〜!」
「何がズルいんですか。こんなにも僕を盗撮しておいて」
「盗撮じゃなくて、自然体の黒子っちを撮っただけっスよ」
「それを盗撮って言うんですよ、黄瀬くん」
黒子と付き合い始めてからほぼ毎日、自然体の黒子を撮り続けて早一年。その中からよりすぐりの写真を集めて、黒子のフォトブックを作ろうと計画していた矢先に、バレてしまった。
他にも何かあるんじゃないかと、メモリーを見る黒子。撮りためた写真を削除されたりされては、今までの苦労が水の泡になってしまう。それだけは絶対避けたいと思った黄瀬は、黒子の手の中にあるスマホを取り返そうとするが、惜しくも逃げらる。それどろこか黒子に踊らされているような気がした。
「黒子っち〜!返してほしいっス!・・・・・・って、あ――――っ!!」
全く黄瀬に返す気配を見せない黒子。
黄瀬が返却するよう促しても馬の耳に念仏。そうこうしているうちに、恐れておいた事態が起きてしまった。
「あぁ〜・・・・・・黒子っちメモリーがぁ〜」
「そんな名前つけてたんですか・・・・・・」
「俺の黒子っちぃ〜!!」
「僕はここにいますよ」
黄瀬は悲しみのあまり涙目になっていた。そのメモリーには自然体の黒子だけでなく、初デートの時やお泊りの時の写真が入っていた。とにかく小さくても黒子が写っている写真は全てそのメモリーに保存してあった。携帯電話を買え変える時だって、ショップのお姉さんに無理言ってメモリー移行してもらったくらい、大事なものだった。それを一瞬で、たった一つのボタンで消し去られてしまった。
いつの間にか砂浜に座り込んでしまっていた黄瀬。砂浜の暖かさが身にしみて余計に涙がこみ上げてくる。
「黄瀬くん」
「・・・何っスか、黒子っち?」
いつも黄瀬らしからぬ、弱々しい声で答える黄瀬。
「一緒に、写真撮りませんか?」
「へっ?」
落ち込んでいた黄瀬に黒子が思わぬことを口にした。
「黒子っち。いまなんて・・・・・・」
黄瀬はゆっくりと振り返り、顔を上げ黒子を見た。
「ですから、海を背景に黄瀬くんのスマホで、一緒に写真、撮りましょうって」
「い、いいんっスか?黒子っち・・・・・・」
縋りつくような目で黄瀬は黒子を見た。
「そうさっきから言ってるじゃないですか」
その言葉を聞いた黄瀬の目の前に一筋の光が、確かに差し込んだ。
さらに黒子はこう続けた。
「盗撮されるのはいやですが、一緒に撮るのなら、いいですよ。それに付き合っているんですから、僕ばかり撮ってないで偶には、黄瀬くんを撮らしてくださいよ」
「・・・・・・」
嘘みたいな黒子の発言に、黄瀬は言葉を失った。
「?黄瀬くん・・・・・・?」
「・・・・・・やっぱり俺、黒子っちが好きっスゥ〜!!」
座り込んでいた黄瀬は、そのままの体勢で黒子のお腹に顔を埋めた。黒子の心もお腹もひだまりのように温かく、心は海のように広く青い。
黄瀬が惚れた人はこんなにも暖かいのかと、今更ながら思い知らされ、再び涙が溢れ出した。
その後、黄瀬と黒子は海を背景して、一緒に写真を撮った。その後は貝殻を拾いながら、浜辺を歩き、お互いをお互いの携帯電話で撮影合戦を繰り広げた。決着はつかなかったが、結果的にはお互いのメモリーが増えた。
最後は地平線に沈む夕日を背に写真を撮り、手を繋いで少年の心のまま帰宅したのだった。